「せんとくん」と私「なーむ」が初めて出会ったのは、2008年10月25日、彦根市で開催された「ゆるキャラまつり」の会場でした。「ひこにゃん」が仲介するかたちで実現したのですが、予想外の大きな反響を呼び、とても驚きました。2人の出会いに至った経緯と裏話をみなさんにお知らせしましょう。

「せんとくん」が「ゆるキャラまつり」にエントリーしていることを知ったのは、その年の8月下旬のことでした。すぐに父は私「なーむ」をエントリーし、同時に立体の着ぐるみを発注してくれました。費用の工面のことなどは頭になく、とにかく一緒に参加して「遷都1300年」を盛り上げることだけを考えていたようです。
それとこのイベントには各キャラクターに15分間のPRタイムが設けられていることが父の大きな参加動機だったと言ってました。

後日、彦根の実行委員会より「せんとくん」と私のブースは隣同士でもいいかとの問い合わせの電話がありました。父はその方がいいですと申し上げました。彦根の方は私と「せんとくん」との関係に気をつかってくださったようでした。

でも開催日の少し前に彦根から届いた会場の見取り図を見てびっくりしました。私と「せんとくん」のブースは端と端ではありませんか。46体の友達が集まるイベント会場では出会うことは難しいと思いました。なぜそうなったのか不可解でした。
父はいろんなことを考えていましたが、直前になって「せんとくん」の責任者に会いに行きました。イベントの2日前のことでした。

そこで父は彦根で私と「せんとくん」の出会いを提案しました。更にプレゼント交換もしま
しょうとも言いました。これも「なら1300年」を盛り上げるためです。
OKの返事をもらったので、父はそのあとすぐに彦根に電話を入れ「出会いの場所を設けて欲しい。できればひこにゃんに手伝って貰いたい」と伝えました。彦根の方は大変好意的で父の望みをすべて叶えてくださいました。私も父もとても感謝しています。
スリーショットのあと、父は報道陣に取り囲まれいろんな質問にあっていました。父は「和解や仲直りではなく『呉越同舟』だ」と申していましたが、一部報道では「和解」「仲直り」などと解釈されたようです。

でも結果的には「なら1300年」を盛り上げることになりました。父も私も嬉しいです。
実は「うらばなし」のうらがまだあります。不可解な箇所についてです。これは秘密にしておきます。